('19-145) 夜7kmラン-第22回渋谷・鹿児島おはら祭 へ行った

2019年5月24日(金)、晴れ、14~30℃

・ 日本列島は南方からの暖かい高気圧に覆われて、晴れて全国的に気温が上昇した。
・ 全国の174地点で30℃以上の真夏日を記録した。
・ 東京でも、朝から雲一つなくスッキリ晴れて、東京都心で31℃になり、初夏のような暑さになった。
・ 夕方もスッキリ晴れていた。
 (7時)                  (18時半)
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◎ 7kmランニング 
・ 20時12分、晴れ、22℃、微風。
・ 気温はちょうど良かったが、体は重く、ペースは上がらなかった。左足付け根の痛みも続く。
・ 前半3kmはキロ5分を切れなかったが、3㎞からペースアップして、4kmからの全力走ではなんとかキロ4分20秒を切った。
・ しかし、やはり5㎞で失速した。
(1km)5分39秒 (2km)10分53秒[5:14]  (3km)15分59秒[5:06]
(4km)20分57秒[4:58] (5㎞)25分09秒[4:12] (6㎞)29分33秒[4:23] (7㎞)34分37秒[5:03]

◎ 第22回渋谷・鹿児島おはら祭 へ行った

○ 渋谷・鹿児島おはら祭とは
-毎年5月中旬の土・日に、渋谷109前を交通止めにして、道玄坂・文化村通りをメイン会場に開催される。まさに、南九州最大の「おはら祭」を東京・渋谷での再現。
-「渋谷」と「鹿児島」の縁(えにし)は古く、渋谷一帯を所領する相模国の豪族渋谷氏は、源頼朝が鎌倉幕府を開いた後、源平合戦の功により、はるか薩摩の地、今の薩摩川内市あたりに所領を得て一族をあげて移住した。
-薩摩での渋谷家は五家に分かれ、土地の名を取り入来院氏、祁答院氏、東郷氏、高城氏、鶴田氏を名乗った。
-渋谷区広尾(現・國學院大学キャンパス)に薩摩藩渋谷藩邸があり、三田・高輪にあった江戸の薩摩藩邸は海の近くで、黒船の来航による砲撃の危険から、島津斉彬は内陸部に新しく屋敷を求めた。
-「渋谷・鹿児島おはら祭」も、その流れをくむ「ふるさとへの思い」を強くするお祭りで、当時の渋谷区長と鹿児島出身の経済人のご尽力で平成10年4月に始まった踊りパレード。

○ 5月19日の様子
・ 13時半、渋谷駅前スクランブル交差点から渋谷109へ向かった。
・ おはら祭のパレードは、12時50分から始まっていたので、もう40分位経過していた。
・ 晴れて日差しが強くなっていたので、さすがに踊り手の方々は疲れるだろう。
・ パレードは、2曲踊ってから5分の休憩を入れるようにして進んだ。
 (スクランブル交差点から109方面)
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(109からスクランブル交差点方面)
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・ 鹿児島県からの参加者や首都圏在住の鹿児島県出身者などで構成される66連の約2600名が鮮やかな法被や衣装を着て楽しく踊っていた。
  (東京世田谷鹿児島県人会)        (東京喜界会)           
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・ ANAや鹿児島市消防団など職場の人達の連もある。
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・ 鹿児島市日置地区連は、鎧武者で登場した。マスコットキャラクターは何だろうか?
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・ 鹿児島県立武岡台高校同窓会『関東三紅会』や鹿児島商業などの卒業生で首都圏在住の方々の連も楽しく踊っていた。
・ ふるさとの人達が集まって都心をパレードすることは他県ではほとんどないと思うので、鹿児島県人がうらやましく思った。
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